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| 人間の心は、知・情・意の働きをもっているといわれます。しかし、これという形はなく、無限の大きさと広がりを持ち、全てのものを造り出す創造力を秘めています。しかし、自分の心として意識できるのは、そのごく一部にしか過ぎません。それは海に浮かぶ氷山のごとく、水面上に見える部分は十分の一、海中に没して見えない部分が十分の九といわれます。 私たちの心の中では、表面に現れて見える部分、つまり意識できるものを顕在意識、奥に隠れて見えない部分を潜在意識といいます。潜在意識は、比較的意識にのぼりやすい前意識と、なかなか意識にのぼりにくい無意識に分かれています。 さらに、顕在意識(表面の心)と潜在意識(奥底の心)との力の強さを比較すると、それは「馬に乗っている人」と「馬」との関係にたとえられます。「馬に乗っている人」が顕在意識、「馬」を潜在意識におきかえて考えてみましょう。 人間は、手綱によって、馬を上手にコントロールします。右に左に、あるいは早く、遅く歩くように指示しながら馬の大きな力をうまく利用し、日々の生活に役立たせているのです。これを力関係で考えてみると、さらによくわかります。今、人が馬に乗って、塀の向こう側を通っていると想像してみてください。馬は塀にかくれて見えません。騎手の頭と、体の上の部分が出ているだけなので、いかにも、騎手の意志だけで前に進んでいるように見えてしまいます。この場合、騎手は顕在意識にあたり、馬は潜在意識にあたります。 さて、一本道を進んでいるときは問題ないのですが、十字路にさしかかったとします。そこまで来て、騎手は右の方向に行きたいと思いました。騎手は、なんとか手綱をあやつって右に進もうとしますが、馬は左の方向へ行きたくて、騎手のいうことを聞いてくれなかったとしたらどうでしょう。この場合、馬の方が力は強いはずですから、当然、馬に乗っている人間は馬の意志に引きずられてしまいます。つまり、意識が潜在意識に負けてしまうのです。 このように、人と馬との折り合いがついている時はうまくいくのですが、人馬一体の協調が乱れると、自分の意志ではどうにもならなくなって、人は馬に引き廻されてしまいます。私たちの日常生活の中にもよくあることで「意あって力足らず」というのはこのことではないでしょうか。 例えば、「こうしたいと思ってもどうも思うようにならない。世の中とはままならないものだ」とこぼす人がよくいますが、それもこのたとえ話によっておわかりになることでしょう。「自由にならない自分の心」なのです。つまり、このようなアンバランスな状態が、日常生活において、悪い習慣とか、失敗や病気の形(姿)になって現れてくるのです。 |