催眠療法は心理学と精神医学に立脚した科学的な療法です。魔術でもなければ見世物的な興味本位のものでもありません。また、いかなる宗教団体とも何ら関係のあるものでもありません。現在ある殆ど全ての心理療法の技法は、この催眠から分岐したものといっても過言ではありません。その歴史はかなり古く、いつの時代も「病と癒し」という実際の臨床の場で使われ、研究、応用されてきました。
しかし近代に入って、深層心理学や臨床心理学という学問の分野が認知されるまで、「科学的でない」という理由で敬遠されていたこともありました。現在ではその特性を利用して、神経科や心療内科では自律訓練法、産婦人科では無痛分娩、歯科では無痛抜歯などに利用され、多くの実績を残しています。
人間は誰でも暗示に反応する性質を持ちます。TVのCMで、モデルさんがいかにもおいしそうにコーラを飲み干す姿を見ていると、それまでは全然飲みたくもなかったのに、急にコーラが飲みたくなってしまったり、ヤクザ映画を見た後、無意識のうちに肩をいからせて歩いてしまったり......。これを被暗示性といいます。この被暗示性が非常に亢進した状態が催眠状態です。この状態を利用して無意識(潜在意識)の領域に働きかけ、症状や悩みを取り除いていくのが催眠暗示療法です。
また催眠中に無意識の領域に抑圧していたさまざまな記憶や感情を想起させ、悩みや症状の原因を探ることを催眠分析、その情動を発散させることを催眠浄化法(カタルシス)といいます。催眠中にイメージの中で不安と対峙し、その不安を少しずつ軽減させる方法を系統的脱感作とよびます。その他催眠には色々な技法がありますが、催眠状態とは心身が弛緩し、種々の防衛が取り除かれた、いわゆるストレスの少ない状態ですから、人間の恒常性(ホメオスターシス)つまり自然治癒力の高まりが期待されます。心身が健康な状態に調整されるわけです。その意味で当所での催眠治療(催眠療法)を"調整"と呼んでいます。
よりよい催眠状態に入るには、心や身体の緊張を取り除き、ゆったりとした気持ちで誘導者の言葉に耳を傾け、心を注いで、素直に暗示を受け入れることです。初めのうちは、このリラックスと集中の訓練が主になります。やがてその状態が深まると、そうしようと何の努力もしなくても、暗示どおりの現象が現れてきます。そのためには、催眠療法を受けるための十分な動機付け(モチベーション)と治療者との深い信頼関係(ラポール)、そして催眠に対する正しい理解がどうしても必要です。これを催眠の三条件と呼びます。
催眠状態(トランス)とは眠ってしまって何も判らなくなることではありません。ただ、眠気が差して、うっとりとした気持ちの良い状態です。どんなに催眠に深く入っても、人が何を言っているか、自分が何をしているかは全て分かっています。すなわち、意識の能動性が低下しているために無意識の力に任せている状態です。この点で自分が催眠に入ったという自覚が持てない方が多いようです。TVの催眠術などを見ていると、何も判らなくなってしまったように見えてしまいます。しかし、どんな催眠の状態でも意識は残っているのです。意識がなくなってしまったら、それは睡眠の状態です。
また、催眠状態といっても、その方の絶対に受け入れたくない暗示には反応しません。決して、人が人を操る道具として催眠があるわけではないのです。そういう意味で、洗脳とも区別されます。
一通りのリラックスと集中の訓練が進み、身体で催眠の状態を覚えてきたところで、今度は自己催眠の訓練をしていきます。他者催眠ばかりではどうしても治療者に対する依存性がつきやすくなります。そこで自分自身で催眠の状態に導き、自己暗示によってセルフコントロールをしていく方法を学んでいきます。これを"自己調整"といいます。その繰り返し繰り返しの自己調整を通して深い洞察を得、無意識の価値観の変化(観の転換)が起こり、無意識のものの観方、考え方、受け取り方が変わってきます。そのような過程で、自分自身に対する信頼を取り戻すことが、催眠療法の一番の目的であるといえましょう。